受章

大学院経済学研究科・経済学部 岩井克人 名誉教授 文化勲章を受章

岩井 克人 名誉教授

岩井克人先生の文化勲章受章を心よりお慶び申し上げます。

1972年にマサチューセッツ工科大学Ph.D.を取得された若き日の岩井先生は、経済動学理論において次々と成果を挙げて注目されました。当時のマクロ経済学界ではインフレーションと失業をめぐる激しい論争が起きていました。方法論的な論争の背景には、スタグフレーションへの対処を誤ったケインズ主義の退潮と、市場志向の経済政策思想の復古がありました。そこに投じられた岩井先生の不均衡動学理論(Disequilibrium Dynamics, 1981)は、貨幣経済が不可避的にはらむ物価の不安定性を理論体系に包摂し、市場にとって不純な制度的制約こそが経済に一定の安定性をもたらすと主張するものでした。

1981年に東京大学に着任されてからも、市場経済の本質への岩井先生の追究は止むことがなく、シュンペーター経済動学、貨幣のサーチ理論、法人論について独創的な論考が編み出されました。それら専門論文を核として、『貨幣論』(1993)『資本主義を語る』(1994)『会社はこれからどうなるのか』(2003)などの著作では、哲学的・歴史的視座から資本主義経済の本質が論じられました。その明晰な論理と端正な文章は多くの読者を魅了し、経済社会の思索へと誘いました。

市場経済の不安定性の中心にある貨幣。みなが使うから自分も使うという以外に存在根拠のない「社会的実体」としての貨幣。異なる価格体系を貨幣が媒介して増殖することによる資本への転化。増殖する産業資本を制度的に可能にした有限責任法人にも見出される、法的人格という実体と契約の束という名目の二重性。法人のその両義性が開く、近代資本主義の歴史的形態の複数性。一見多岐にわたる主題群は、岩井先生の思考によって一つの体系として立ち現れました。

近年の岩井先生は、あくまで法的な実体でしかない法人に対する忠実義務を経営者に課す信任義務に焦点を合わせた企業統治論を展開されています。社会科学者として、岩井先生は貨幣や法人という社会的実体を解剖し、その構造の一般性を明らかにすることで実際の形態の多様性を認め、西欧に限定されない市民社会に資する制度の提言に具現化されてきました。これからもますますご活躍されることを期待しております。

 

(大学院経済学研究科・経済学部 楡井誠)

(令和5年 秋)